変 幻 す る 物 質 の 形 │ 畑 龍徳作品 〈明滅する瞬間〉
光の反射と影の複雑なグラデーション模様が視る角度できわめて鋭敏に
変化するメッシュ面が、たがいに重なり合って透視されるとき
一つの面が明るく浮き上がったかと思うと、他方の面が完全に消えて
しまったり ────── 瞬間瞬間に、そんな意想外な姿を見せて
くれるこの造形は、自立するようにL字形に曲げた2台のスクリーンと
1枚のメッシュ板から展開図を切り抜いてそれを折り曲げてつくった
底板のないキューブ、の3種類の形素を組み合わせただけのきわめて
シンプルな構成である。 (*1)
作品にあたる光線や、作品とその背景の壁面との関係、それに視線の
角度によって、そのきわめてシンプルな形の存在感が、それこそ複雑多様
に変容し、物質が光とともにまわりの空間と融けあったような印象があり
極端な場合、ある角度から撮られた写真にそこに置かれているはずのこの
作品がほとんど写っていなかった……といったこともあった。
「固体の確たる形姿」 と 「光の反射性とメッシュ越しの透視像の変幻とが
もたらすつかみどころのない様態」とがギリギリの際(きわ)で融けあって
作品全体が、とらえようとする視覚の限定をすりぬけるようにして
そこに在る ────── 言葉で表現するのはむずかしいが、そんな印象
をもたらす作品であろうか……
制作に用いたメッシュ板は、きわめて目が細かいアルミのエキスパンド
メタルのメッシュであるが、この繊細な素材に形を与ええたらどのような
詩(うた)をうたうだろうか?
────── そういう「求美の旅」をしてみた。
これは、あらかじめ前提にされた形のイメージは一切ない中の制作で
素材が本来的にもつ可能性を発見してゆくプロセスそのものが命の
制作であった。
メッシュの各開口は菱形で、 対角線長 11.5×6mm、線材太さ 0.6mm
という繊細さで、その製造方法は、アルミ薄板(0.5t)に長さ13.5mm
の切れ目を1ミリ半ほど離して破線状に入れていき
それに平行して0.6ミリ間隔で、切れ目の位置をちょうど半分ずつずらし
ながら、同様の切れ目を入れる工程を繰り返していく。
そして全面に切れ目が入ったところで、切れ目の方向と直交する方向に
引張力を加えて展開すると、それぞれの切れ目が菱形に展開し、菱形開口
が連続たメッシュになる ────── これはちょうど、紙に切れ目を
入れてつくる七夕飾りと基本原理は同じである。
引張力で展開するときにメッシュを構成するそれぞれの線材は一定の角度
でよじれるので、その角度のついた線材の側面で反射する光が、メッシュ
の全面にクリアでリズミカルな輝影模様を描く。 そして、視る角度の
わずかな違いが、輝影模様をがらっと変化させてしまう。
ここが、普通の金網とは異なるエキスパンドメタルメッシュ独自の特徴で
しかも、厚さの薄いメッシュ板は平面状に整形しても自然な歪みが残るから
その歪みがメッシュ全面の輝影模様をさらに複雑微妙なものにし、そこに
変則的なグラデーションが生みだされる。
さらに、実際の作品は前述したように三つの形素で構成しているので
その形素それぞれを構成する各メッシュ面の角度はそれこそ多種多様になり
形素の集合をある方向から眺めれば、各面が直視される部分とシースルー
される部分とが複合されて、作品全体のコンポジションとしての輝影模様は
静謐な佇まいの中に言葉を忘れさせるような複雑な妙を呈することとなる。
そして、そうした複雑な輝影模様が、観者の視点が移動することによって
その部分部分を意想外に明滅させながら、一期一会的に変化していく……
静止体としての作品が、観者の視点の移動に応じてその表情を鋭敏に変幻
させる点からみれば、これは、むしろ動的な性格の作品とも言える。
エキスパンドメタルは現代的な工業生産材であるが、市中でよく見かける
ものは線材のエッジが立った無機的なゴッツさのある表情をしている。
ところが、製法は同じでも、今回のようなきわめて繊細なエキスパンド
メタルの場合は、まるで異なるデリケートな表情のものになってしまう
ところがおもしろい。
アートは〈響き〉であり、それは、無意識世界の、その人の、そのときの
生きて変化しづける「無限性の脈絡」が基盤になって生起しているので
あろう。
どんなにエネルギーを注いで、きちっと構成された作品であっても
確定的で、すぐにとらえられてしまうようなものは、つまらない!
《 ゆ ら ぎ 》 ────── これが、アートの命であるにちがいない。
*1 ──── 明滅する瞬間 制作・発表:2019年
写真:筆者撮影
2020年6月11日