〈 虚 空 の 立 体 〉─── ミニマルな点形と意図の外の配置       三次元的形体保持が困難な 紙の薄さ ゆえの美 │ 畑龍徳作品

美 ○ 創造 美 ○ 思索

 

 

 

 

 

 

 

 

 

厚さ 0.2ミリの《白色の面》が生みだす光と影の世界…

ボリューム感が消え クリアにそこにある表相と

やわらかな陰影とが対比しつつ混交する…

「眼とイマジネーションの脈絡宇宙」が、定位せずに

浮遊していく…

 訴求力の強いアート作品とはここが異なり、観者が

作品によって限定的世界に強く引きこまれてしまう

のではなく、逆に、作品のやわらかな存在性から

「きっかけ」をもらいつつ内面宇宙の脈絡が自律的に

自由に生動していく─── そんな淡い浮遊的な世界…

 

 

作品の根底には、《重力》と「それがもたらす世界感覚」がある。

重力のもとでは、水平面から分離して立つ物質は最小限

3点で支持されることで安定する。

「くの字」に曲げた紙は、同じ原理で安定的に立っている。

その「くの字」の垂直方向の面に《水平の面》を付加する── この構成を点形の形姿の出発点にすえ、さらに基板上に伏せた水平面 あるいは 浮かせた水平面に直や斜めの面が絡まり、ゆらぎをもった複合景を形成している。

(折れ面を構成するすべての面が、単純な矩形またはその組合せでできている)

 

この作品は、個々の点形の《配置》が、作為的に決められていない!

点形の形姿を検討するために、マケットを0.2ミリ厚の紙で作っていたのだが

展覧会の展示台の寸法にあわせて予め用意してあった正方形のマット紙の上にマケットをできた順に奥のほうから並べていた ─── その偶然の《配置》がとても美しい景をつくってくれていたのだ…

 

 

明るい自然光が射し込むアトリエのテーブルの上にマケット群が置かれていたのだが、それをたまたま逆光方向から見た瞬間のことだ!

まわりの空間からくっきりと浮きあがる「物質性の消えた矩形の軽やかな表相」の明と暗とが重なりあい、視角のちょっとした移動で大きく変化する…

そして、きわめて繊細なグラデーションを呈するやわらかで美しい陰影がそれを包み込むように寄りそう…

 

これまでに体験したことのない《妙なる景》との出合い!

 

「ひかりの世界」へと ─── 導かれたような作品!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふりかえれば、マケット用の紙の選定が幸運を導いたのだ…

それは、水性インクのプリンター用紙であり、表面のコーティング材は、独特のホワイトだ。 その独特の「光線の全反射性」が超現実感覚を誘っている…

そして、0.2ミリという紙の薄さが「物質的な存在感」を完全に消失させ、三次元的立体を非現実化して、《光の純化世界》を出現させた。

それに加えて、非恣意的な構成による配置───という「ゆるさ」の力…

 

こうして、「明確な把握」が特質の《視覚》に対して、

その視覚感受の「慣性」を超越した視覚の脈絡宇宙を拓かせてくれた…

「慣らい性」は感覚世界でも強固に基盤をつくっていて、そこを脱け出すのは非常に困難だが、この作品は、

「質量感のない白色の片」と「霧のような陰影」とが共融して、観者を《視覚慣性の外》へと宙吊りにする…

 

「想像運動の慣性」を超越させる《ゆるさと共にある希薄な存在》のもつ力…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この作品は、昨年末(2022年)に東京京橋のアートスペース羅針盤で開催されたMessage Art展(*-1)に出品された。

 

本稿に掲載した作品写真には、私のアトリエの室内に拡散したソフトな自然光のもとで撮ったものと、ギャラリーの人工照明(LEDスポット+蛍光灯)のもとで撮ったもの、との2種類が含まれている。

これまでに記した作品に関する論は、アトリエでのやわらかな光線の中で作品を見たときの印象をベースにしている。

ギャラリーでの作品は、当然のことながら明暗のコントラストが強く出て、アトリエでの印象とは相当異なるが、

でもそれはそれで、より訴求力の強い見え方をしていて、多くの方々の口から「美しい!」という言葉が発せられるのを耳にした。

 

 

 

 

 

 

 

   本作に「光と影の階調のゆたかさ」を感受された

   召田能里子氏が偶然に捉えた共融美の写真 (*-2)

 

 

 

 

 

のアトリエでこの作品に接した現代美術作家の金子清美氏(*-3)は、作品に対する次のような印象を伝えてくれた。

 

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それはまるで自ら場を選んで立ち上がってきたかのようにそこに在る。

11個の立体物の連なるその空間は白色景となり

あらゆる思考の敷居を飛び越えさせる…

 

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同展の企画者である現代美術作家の佐藤省氏は、ユニークな視点からの丁寧な作品評を寄せてくれた。 以下にその作品評を掲載させていただく。

 

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照明を浴びた紙の、頼りない薄さが台紙から立ち上がっている形は、それぞれの形状をその位置に確保し、影を落としているのだが!─── 存在感はほとんど無く… それが、現実感を喪失していて…

 

前回の作品(*-4)が、非常に形の内奥をこだわり、それぞれの位置関係や影を細密に予測しての紙の姿だったのに比べてみると…

前作は作品範囲をきっちり決めて、結界を張っているようにも見えていたが

今回の作品は、地平へどこまでも広がっていくような…

自由に紙片が動いて見える。

 

こちらの角度から… と作家は作品を見る方向のことをを話していたが、その角度は確かに影が多重に重なり合って、人工照明によるごく微妙な分光現象をふくめた「立体の存在感」は素晴らしいのだが、しかしそれは当然のようにも思え、

逆に真っ正面から照明を浴びた、影の無い真っ白な形状が、妙に心にグサリささる。

何故なのだろうか?

 

この視角だと、影が無いのに、重なり合う形状が永遠と

彼方へどこまでも連なっていくように感じさせる…

影は、形を限定してしまうからかもしれない。 

影は、存在を浮き立たせながら…  時を刻むように、紙片そのものに潜む何か!─── を奪っていってしまうようにも感ずる。

 

際立つ白さの美しい紙片の織りなす世界ゆえに、あれこれ思う…

 

毎年、今回の作品の方がいい!───と思わせる作品を

生み出せるのは素晴らしいことだ。

これは、創造世界における作家の「許容量」の問題なのかもしれない…

 

佐藤省 記

 

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本作品に関する印象を、

 

現代美術作家のDominique HEZARD (ドミニック.エザール) 氏は、「線、光、オープン」…と、シンプルに三つのワードで語られ、また、吉田貞子氏は、「(形が)無造作に置かれている …   構築を崩していくその過程 …」と、間を置きながら話された。 

赤川慶祐氏は、「つかみどころがない… 癒される…」と語り、照明の当たる側ではビル群とかベンチの人とかに

見えたが、反対側に廻ったら、こんどは「影の美しさに

出会った!」と。

 

 

このような感想の言葉が鏡になって、その語り手の内面のさまざまな様相が察せられるのだが、私にとってはそこがおもしろい。

語り手が造形作家であれば、この世界の形あるものの

「本質」をどう捉えているのか? 関心をもっているのか? ─── そういう面を、見当違いをふくめて勝手に想像するたのしみが湧いてくる…  こちらが、その作家の実際の作品世界を知っている場合は、その世界との対照ができるから、語られた言葉の内容がその作家にとってどれほど基盤的なものであるかが推察されることもあり、たのしみがさらに本質的なものへと深まる…

 

 

ところで本ブログの中に、さまざまな発想の自作オブジェが掲載されているが、

たとえば、《水影》という作品は、山中の湿気をふくんだ夏の空気と明るい空の景、そして緑に覆われた山の斜面…といったものの漠然とした全的印象を、陶土を用いて形にしたら一体どんな形になるのだろう?─── と、自分の見えない内面宇宙の脈絡の創造性を遊んでみた作品だ。 

たまたま、その場所に陶芸作家の大きな工房があり、そこをお借りすることができたので形象化をすることができたのだった。

制作に先立って はっきりした造形のイメージがあったわけではなく、創作過程の中で瞬間瞬間にさまざまな美意識(たとえば、形のエッジをどう仕上げるか?…など 細かではあるが非常に重要な判断などをも含む壮大な宇宙の運動)が動き、その結果、思ってもみなかった形が眼の前に出現する! アートの美の創造には、自由な生のすべてが

かかわっていて、奥行が無限で実に壮大である、と思う。(*-5)

 

ちなみに、私は、Message Art展には第一回展から参加しているのだが、この展覧会は、今では ほどよい人数の作家たちが年一回集い、作品発表を行う貴重な場として純粋なかたちで機能していて、選ばれた作家たちがよい意味での緊張感をもって参加されているように感じる。

 

こういう発表の場があることはとても幸せなことであり、

自分も「今このときの 真に新鮮な作品」をこの場に持ち込むことで、展覧会のたのしさと、それを介したひととひととの関わりの妙を、私なりにすこしでも盛り立てられれば ─── と、ずっとそう思って参加してきた。

 

 

 

 

*1 ──  Message Art展は、現代美術作家である佐藤省氏の企画展で、年一回12月に開催されてきた。

今回は第15回展である。 

会場はこれまで何回か移動してきているが、一昨年から、京橋の〈アートスペース羅針盤〉で開催されている。

 

*2 ──  今回のMessage Art展に「蔵王のお釜」に因んで二重構造のすてきな陶オブジェを出品されていた作家。 「眼に見えないもの」に照準をあわせて作品制作をされているとのこと。

 

*3 ──  筆者設計の建築作品の中でアートウォールを制作してくれたことがある現代美術作家。アート作品に加え、秀逸なインスタレーションを多数見せてくれている。 本website および blog内に掲載されている氏の作品の中のいくつかを以下に掲げておくので参照されたい。 

 

証券会社サロン のアートウォール 2005年 →  www.ops.co.jp/ops016_17.html

同 上  →       www.ops.co.jp/ops016_18.html

足利CON展 インスタレーション《束の間》2018年 → http://ops.co.jp/wp/?p=1974

 

*4 ── 本ブログの中に、同作品に関する自作論があるので参照されたい。

http://ops.co.jp/wp/?p=2729

 

*5 ──  http://ops.co.jp/wp/?p=2264

 

 

 

写真:筆者撮影

─── 本文中(*-2)の写真:召田能里子撮影